「幽霊」が宿る場所
ヴィヴィアン佐藤(非建築家・美術家)
野宮真貴
ピチカート・ファイヴという90年代日本を代表するポップバンドがあった。そのバンドの元ヴォーカリストの野宮真貴さん(*1)が毎年ソロリサイタルを行っている。アタシはそのリサイタルで帽子を作ったり、舞台小物を作ったり、プロモーション活動を積極的に参加したりしている。毎年何らかの形でお手伝いをしている。彼女の場合、純粋に音楽中心のライヴだけでもなく、ファッションアイコンとしても知られている彼女らしく、演劇的な要素を入れて次々と早着替えやドラマ仕立ての演出をしている。
二年前、青山のスパイラルホールでリサイタルが行われた時、スワロフスキーを散りばめた着物姿で都はるみを一曲唄った。その時のMCで「江戸時代の人々もここでお洒落な格好をして恋を語り合っていたのかも知れませんね」という一説があった。
しかし、当時の青山のスパイラル(*2)は江戸時代の人々が恋を語り合うというロマンティック場所というよりは、もっと政治的に生々しい、どちらかと言うと無念の場所であった。
スパイラル
江戸時代後期1850年あたり、医者でもあり蘭学社でもあった高野長英(*3)が蛮社の獄で捕われ、その後脱獄し、自ら顔を硝酸で焼き顔を完全に変えて潜伏していた場所である。そして政府の役人に打ち入られ自害し果てた場所でもある。ペリー来航開国の僅か4年前。江戸時代に開国を望むアクティビスト(いまではテロリストに近い?)であった日本の未来のために自分の生死も厭わないそういう覚悟の人間がそこにはいたのだ。
美術批評家で美術家でもある岡崎乾二郎が90年代に入って、「幽霊的なもの」をテーマにテクストを書いている(*4)。また1994年にスパイラルで行われたグループ展『人間の条件』展のために、津田佳紀、アズビー・ブラウンとともに『caput mortuum supplement』というテクストを制作した。そのテクストは高野長英が自殺した青山の町人屋敷の上にスパイラルが建てられているという偶然性を利用し、スパイラルに呪縛している長英の幽霊とそのほぼ同時期に書かれたマルクスの『ドイツ・イデオロギー』(1845-46)と重ねあわせられていた。そこで問題とされているものは「土地」と「幽霊的なもの」の関係であり、そこには公共性や政治的代表制度の問題にも繋がっている。これはJ.デリダの『マルクスの亡霊たち』(1993)の着眼点にも符合を見せている。
「ヨーロッパに幽霊が出る--共産主義という幽霊が」(『共産党宣言』冒頭より K.マルクス)
マルクスは「人々は自分自身の歴史を作る。だが思うままにではない。」として、人を動かす「過去の悪夢」を分析する。また『資本論』では、商品の価値は「幽霊の様な対象性」であるとして、価値を成立させている資本主義の「宗教的性格」を明らかにしている。この様にマルクスは資本主義の亡霊を読み解き、価値の自明性を疑い、商品の「物神性」を指摘。亡霊の本質を労働に求め、亡霊的な形態をとらないで労働が等価交換される様な「透明な自由王国」として未来を描く。デリダはこの点を批判。全てのブルジョア的な価値を疑い嘲笑したマルクスは、人間の本質が労働にあるという展だけは疑えなかったのである。
高野長英
さて、なぜこのように私が「幽霊的なもの」に言及するのか。これ以上問えない、これ以上証明・説明出来ない事柄に対しての鑑賞者側の共通の連帯と言う感情が生まれる場合がある。例えば現代美術家クリスチャン・ボルタンスキーやイリヤ・カバコフの一連の作品。ボルタンスキーはアウシュビッツで殺された子供たちの顔写真を並べ、彼らの衣服の一部や靴を並べている様なインスタレーションが有名であるが、インスタレーションの意味自体は宙づりにされている。鑑賞者は他者といっさい何も交換することが出来ず、孤独な経験に直面する。しかしその意味が剥奪された物を前にした経験を通して、周囲の鑑賞者のそれぞれの孤独の共有がそこで生まれる。「アウシュビッツ」というこれ以上問えない言葉の周辺で、誰にも理解されない、説明出来ない経験同士を連帯してしまっている。
この「幽霊的」経験は逆説的に物(オブジェクト)や場所(トポス)がなければ決して憑衣することが出来ない。もしくはその物や場所は大きな物語にしろ小さな物語にしろ必ず持ち合わせていると言うことになる。全ての人間には親があり先祖があり、その歴史がある。その内容の信憑性は定かではなくとも読み解いたり、制作する際にはある種のコンテクチュアとして働くはずだ。そして精神的外傷と言われるものも立派な制作のいい訳になるわけである。
東京学/江戸学と言われているものの研究が盛んである。その自らの生い立ちやビギニングとまでいわずも100年〜1000年くらい前の歴史を知ることで理解し難いことへの理由付けをするのであろうか、もしくは単なる「歴史」や「神話」「言伝え」に真偽は別としてこれ以上問えない根源を見つけ、共同意識を芽生えさせようとしているのだろうか。
数年前に中沢新一が『アースダイバー』(2005)(*5)という地図エッセイを書いた。縄文時代から現代に至る東京の地形を洪積層(固い岩盤)と沖積層(柔らかい沼地の様なところ)を明らかにし、もっと海岸が入り込んでいた江戸時代以前の神社仏閣のおかれた理由、伝説を中心に事細かに紹介している。その事で新宿や渋谷、銀座や新橋、六本木や赤坂などどうしていまの様な発展の仕方をして来たか、もしくはどうしてそれぞれ異なった発展の仕方をして来たか、を明らかにしている。秋葉原がどうして電脳都市としてオタクの聖地になっているのか、どうして江戸時代には富士塚が江戸中に作られたのか。自分たちの歴史は意外と知られていないことにまず驚かされる。そして多神教としての日本人の宗教観、自然観などを知ることが出来る。そのように共通の知識を共有することで、東京が全く違う様相を見せて立ち上がって来るはずだ。自身の歴史、(幽霊的な)文脈を見つけること、その考えに取り憑かれること(信じること)がまた新しい都市論に繋がって行くはず。
*1.野宮真貴
日本の女性ヴォーカリスト、ミュージシャン。1990年代、渋谷系として一世を風靡した音楽グループ、ピチカート・ファイヴに3代目ヴォーカルとして1990年に加入後、解散まで国内外で広く活動。現在ではソロでの音楽活動の他、ナレーター、モデル、デザイナーなどとしても活躍している。http://www.missmakinomiya.com
[写真] RSO制作『JOY』(2007)より
*2.スパイラル
1985年、生活とアートの融合というテーマのもと、東京・青山にオープンした複合文化施設。株式会社ワコール ホールディングスが社会文化活動の一貫として設立した。演劇、舞台、音楽、シンポジウム、美術展など、多彩なジャンルのイベントに対応するスパイラルホールのほか、コンテンポラリーアートギャラリーや生活雑貨マーケット、CDショップ、カフェなどを運営。
http://www.spiral.co.jp
[写真] ARC STYLEより http://www.arcstyle.com/tokyo/spiral.html
*3:高野長英
江戸時代後期の医者・蘭学者。当時、幕府は、儒学の中でも朱子学のみを正統の学問とし他の学説を排除、蘭学者らは弾圧を受け、1839年(天保10年)言論弾圧事件、蛮社の獄が起きる。長英には永牢の判決が下り、伝馬町牢屋敷に収監され、服役者の医療に努めた。1844年(弘化元年)、牢屋敷の火災に乗じて脱獄し、逃亡生活を送ることになるのだが、医者になれば人と対面する機会が多くなるため、見破られる事を避けるため、硝酸で自らの顔を焼いて人相を変え暮らしていたとされている。
[画像] 高野長英像 渡辺華山の弟子・椿椿山による天保前半。高野長英記念館より http://www.city.oshu.iwate.jp/syuzou01/
*4:「現代芸術とセンチメント」、朝吹亮二、藤枝守との鼎談、『MUSIC TODAY』第20号、リブロポート(1994)
*5:『アースダイバー』(中沢新一著 講談社2005)
[参考文献]
『存在論的、郵便的 ジャック・デリダについて』(東浩紀著 新潮社1998)
『マルクスの亡霊たち』(ジャック・デリダ著 増田一夫訳 藤原書店2007)
『「新訳」ドイツ・イデオロギー』(マルクス/エンゲルス 服部文男訳新日本出版社)(1846初)
『共産党宣言』(マルクス/エンゲルス 大内兵衛訳 向坂逸朗訳 岩波文庫 )(1848初)