ソフトを発信するツイッターが示すハードの重要性


イーデン・コーキル

Twitter

一年ほど前からツイッター*1 を始めた。当初はさほど関心があったわけではなく、会社のウェブ担当者に説得されたのだ。しかし、始めてみて良かった。まるで知らなかった世界に目覚めた気分だ。 ツイッターを使っている人たちは全員一人ひとりがニュースステーションになり、様々な情報を発信しあっている。行き来する情報を見ているだけで目が回りそうだ。必然的に競争意識が働くのか、どんどん新しい情報を発信しようとする。
ちょうど先日『崖の上のポニョ』がテレビで放映された。放映当日になると「観よう!」「楽しみ!」というツィートの嵐が起こった。最初は放送を実際に観られる日本国内から始まったが、瞬時にその話題が海外にまで広まった。「観よう!」「観たい!」というツイートに対して、瞬く間に「観られなくて残念!」 「宮崎は天才!」などと国境も海をも越える反響が続いた。当然、書き込まれるのは日本語、英語、スペイン語や韓国語など様々。
つまり、ある映画がテレビで放映されるという極めてローカルで日常的な出来事が、ツイッターという新しいツールを通して、日本文化に関する活発な、しかも国境を越える意見交換のきっかけとなった。そして、これは決して珍しいことではないのだ。

ツイッターで知ったことをもう一つ紹介しよう。日本語に「絵文字」という単語がある。本来の意味は異なるが、今では、携帯電話のメールやメッセージソフトで文字として送ることができる絵を指す。誰もが日頃目にしているだろう。
先日、オーストラリアに住む日本語を話せるはずのない同級生が、突然ツイッター上でemojiの話を始めた。「えっ、"emoji"は英語で通じるの?」 と聞くと、「"sushi"と同じようにみんな使っているよ。」と返ってきた。どうやら、ワイングラスやハート等のマーク、あのかわいらしい日本の絵文字 というのは、海外で人気があり、iPhoneの使用者たちは、わざわざ自分のiPhoneのOSに細工する(いわゆる「ハッキング」する)ことで、日本の絵文字を海外の携帯電話で使えるようにしているらしい。そして、今では「絵文字」という単語がそのまま英語で通じるようになっている。
言ってみれば、日本発の一種の文化が携帯電話やインターネットという最新の技術を介して、知らないうちに、勝手に世界中に広まっているのだ。

近年、宮崎駿監督作品などの日本のアニメや漫画文化を「ソフトパワー」として捉え、国が積極的に発信するべきだという話をよく聞く。しかし、ツイッターを使い始めて、このような意見は全くの時代遅れになっていることに気づかされた。国よりも先に、無数の個人が発信している。文化が勝手に流通される時代になった。

さて、ソフトの流通と東京のあり方はどう関係するのか?
ソフトがこれだけ流通されやすい環境ができると、一つの避けるべき現象が起こる。それは、そのソフトとそれを産んだ国、都市、場所との関係が希薄になることだ。
これは、技術の発展に伴い年々顕著になる現象だと思う。考えてみてほしい。杉並区がアニメの産地だと言われている。大阪が漫才やお笑いの産地だと言われている。しかし、その場所に行かなければそれらのソフトが楽しめないと思う人は一人もいない。ラジオやテレビの放送技術の発展により、日本のどこにいても、つまりその産地に行かなくても、そのソフトが楽しめるようになったわけだ。インターネットやブログやYou Tubeやツイッターが、この現象を加速させている。そして、グローバルというスケールにまで広げている。
そして、これは鑑賞の問題だけではない。どこからでも鑑賞ができるとなると、どこででも作れるようにもなる。フランスやアメリカで日本風アニメや漫画の制作に取り組む人たちが既に出ている。日本のどのソフトでも同じことが起き得る。つまり、そのソフトがグローバルに共有される文化遺産になっていく。日本という場所との関係が希薄になるのだ。

これを防ぐにはどうしたらいい?
私が思うに、答えは簡単だ。
流通されやすくなった日本のソフトと確固たる関連性を持つハードを作るべきなのだ。ハードはソフトと違って物体として特定の場所に存在する。日本に存在するハードと関連付けることによって、日本との関係を確かに主張できる。これは日本と、日本を代表する東京が今取り組むべき課題だと思う。例えば、世界一の漫画研究機関が東京にあれば、世界中で漫画を鑑賞したり自ら制作したりしている人たちは必ずその施設の存在を知り、そしてそれに惹かれて必ず東京を訪れる。東京に世界一のアニメのミュージアムがあれば、アニメに魅了されている世界の人たちは必ずその存在を知り、来てくれるはずだ。つまり、そのハードがあるからこそ日本という国とアニメというソフトの関係が強まる。ハードがなければ、日本との関係が忘れられる。
分かり易い例でハリウッドのことを考えてみよう。圧倒的な勢いでソフトを発信している場所だ。映画が好きだからという理由で、世界中から観光客が集まる訳だ。ハリウッドに行けば、その大好きな映画の世界に近づくことができるのだから。しかし、考えてみてください。ハリウッドに集まる観光客が実際にどこを訪問しているのか?答えは、「ユニバーサルスタジオ」*2 と「ハリウッド・ウォーク・オブ・フェーム」だ。つまり、好きな映画(ソフト)を確かに感じられるハードに惹かれているのだ。
東京に「ユニバーサルスタジオ」を作るべきだとは思わないが、同じ理論を適用する。つまり、日本のソフトが好きだという世界中の人たちに、その日本との関係を認識し、そして最終的に実際に日本に来てもらうためには、そのソフトを体験させてくれるハードが絶対に必要なのだ。
どのようなハードなのか。もちろん、博物館、美術館、劇場、飲食店もその核となる。日本の文化(ソフト)を提供し、体験させてくれる施設なら全て該当する。既存の施設の充実だけでも最低限の役割は果たせるかもしれない。だが、そういう施設だけの問題ではない。考えてみれば、建築も、公園も、街の景観自体も、明確に日本の魅力的なソフトと結ばれ得るものである。うまくいけば、東京を歩くだけでも、日本の文化の良さがそのまま伝わってくるような街にできる。そして、首都だからこそ、東京はそのような街作りを目指すべきだと思う。

さて、最近、このようにソフトと関連性を持つハードに纏わる事業が立て続けに議論の的となった。いくつかを紹介したい。

まずは「国立メディア芸術総合センター」*3。マンガやアニメなど日本のポップカルチャーを扱う新しい分野の美術館を作る構想があったが、政権争いの話題の一つにされ、結局は流れてしまった。思うに、これは非常に重要な構想だった。
海外には、ツイッター上で『ポニョ』について呟いている人たち、「emoji」が面白くて遊んでいる人たち、とにかく様々な技術を使って日本のポップカルチャーを楽しんでいる人たちが無数にいる。その彼らを確実に日本のことを意識させ、そして東京を訪問してもらうためには、東京に「国立メディア芸術総合センター」を作ることが最適な施策だったと思う。
海外の事例を上げると分かり易い。かの有名なニューヨークの近代美術館MoMAが誕生したのは1920年代で、近代美術という概念がまだ新しかった頃。その最前線を走っていた印象派の作家達が起こした革命から30−40年は経っていたが、ピカソやマティスはまだ現役だった。その時代、ニューヨークに「新しい美術」のための「ハコ」が作られた。近代美術に特化した美術館など、世界中を見渡しても殆ど類がなかった。誰よりも早く「ハコ」を作り、誰よりも本格的にその研究を始めたからこそ、「近代美術」と「MoMA」ひいては「ニューヨーク」という場所の運命が結ばれた。80年経った今でも、「近代美術」に魅了される人たちは必ずニューヨークに足を運び、それを体験する。
日本のポップカルチャーも同じだ。近代美術でいうと、今がまさに1920年代なのだ。作品自体が作られ続けてもう数十年になる。問題は誰がこの花咲き誇る 文化を体系的に整理し、次世代のために保存するのか。MoMAが近代美術のためにおこなったように、日本のポップカルチャーの重要性を、誰が訴えていくの か。日本という国が適任に思えてならない。
ソフトが勝手に流通されている時代だからこそ、「国立メディア芸術総合センター」の設立が必要だった。日本発のソフトと日本、東京という場所の関連性をしっかりと訴えるハードになり得る施設だったが、その構想は結局日の目を見ていない。

三菱一号館美術館


もう一つの事業はまだあまり話題になっていないが、非常に興味深い。三菱一号館美術館*4 の開館だ。昨年丸の内にできたが、その経緯が大変面白いので、お浚いしたい。1894年にジョサイア・コンドルの設計により丸の内最初のオフィスビルが建設された。赤レンガの3階建て、三菱一号館だ。長い年月を経て、高度経済成長期真っ最中の1968年に、丸の内の高層化再開発が進む中で解体され、その跡 地には何の特徴もない高層ビルが建てられた。
しかし、2000年代に入り、三菱地所等が進める「丸の内再構築」の一環として、その一帯が再度更地になり、40年前に解体した赤レンガの建物を一から建て直した。言うまでもないが、100年以上前のビルを再現するには莫大な費用がかかる。また、レンガはもはや日本で殆ど使われていない。
この出来事が象徴するのは、価値観の変化だ。つまり、1960年代には高層ビルで家賃収入を効率よく得ることが、歴史的遺産を保存することより価値がある という判断が下された。しかし、2000年代に入ると、歴史や文化を付加価値として捉え、新しい開発プロジェクトに一号館の再現が組み込まれた。
そもそも壊さなければ良かった話だが、それでも、結果には良かった。つまり、この新しくも古い建物が誕生したから、今は丸の内の街を歩くだけで、明治に遡る素晴らしい歴史を感じられる。歴史という「ソフト」を体験させてくれる「ハード」ができたということだ。まさに今の東京が必要としている街づくりの好例であり、海外から知人が来た際には、この建物を必ず案内したい。
丸の内

一方で、同じ三菱地所の事業だが、あまり感心できない点もある。一号館以外の丸の内地区の開発だ。三菱地所等が進めている計画では、道路や歩道がきれいに整備され、歩いて気持ちの良い街に変身しつつある。これらの計画は非常に良いのだが、一つだけ気になる点がある。再開発事業の一環として建てられた高層ビル、つまり、丸の内ビルディング、新丸の内ビルディング、そして、一号館を囲む丸の内パークビルディングのことだ。
周知の通り、日本には素晴らしい建築家がいる。海外でもたくさんの仕事を手がけていて、日本が産んだ彼らの才能で世界を魅了しているとも言える。アニメや漫画と同じように、彼らと日本との関係をもっと強調するべきだ。東京駅と皇居の間を占め、まさに日本の玄関とも言える丸の内という重要な地域に、日本が誇るべき建築家にランドマークとなる建物を設計してもらうべきだったのではないか?
具体的に設計を誰に依頼するべきだったかは、もちろん私には言えません。しかし、丸の内ビルディング、新丸の内ビルディング、丸の内パークビルディングという三棟を作る際、少なくとも、設計のコンペをするべきだったのではないか。実際のところ、三棟とも、三菱地所社内の設計による物で、お行儀よくまとまっているが、最高のロケーションにふさわしい風格を備えているとは言い難い。ヨーロッパやアメリカでは考えられないことだし、大変残念な結果だと思う。

今回の一連の開発は、日本人建築家の溢れる才能という「ソフト」を丸の内の高層ビル群という「ハード」に結びつける絶好の機会となり得た。日本人建築家が描く日本ならではのアイコン的な高層ビルを丸の内で観たかったと切に願う。そして、これだけは約束できる。もしもそれが実現していたら、三棟の高層ビルが世界中の建築雑誌、続いて世界中のトラベルガイドに掲載され、今頃は、日本の建築に魅了されている世界中の人たちが、東京を尋ねる計画を立てているはずだ。

さて、私が取り上げた三つの事業は以上だ。これ以外にも様々なことが起こっている。機能している事業も行われていれば、日本の人気ソフトと関連付ける余地がまだまだ残された事業もある。
ツイッターが象徴するようなインターネット・ツールの普及によって、日本のソフトが流通されるスピードはどんどん速くなっていくだろう。しかし、今のうちに、それらをしっかりと、産まれた場所と関連付けなければならない。豊かな国だからこそできることだ。日本の人気が高い文化を紹介する美術館や博物館等の充実や整備、歴史を語る深みのある景観作り、日本人建築家の才能を知らしめる都市開発、どれも今すぐに着手できることだし、ぜひお勧めしたい。それが将来の観光資源として国の経済を支えることになり、さらに魅力的な文化を生み出す基盤を築くのだ。

*1. ツイッター
Twitter(ツイッター)は、2006年からスタートしたウェブサービス。投稿フォームに「What's Happening?」(いまどうしてる?)とあるよう、いま行っている/思っている何気ないことをリアルタイムに140文字以内でつぶやくように(ツイートする [tweet:さえずりの意] )発信するミニブログ。個々のツイートから、ユーザー間でチャットのように会話が派生していくところが特徴。http://twitter.com

*2. ユニバーサル・スタジオ
ロサンゼルス市ハリウッドにあるアメリカの映画会社ユニバーサル・スタジオが運営をするテーマパーク。1964年、もともと映画の撮影スタジオがあったところに作られた。世界で唯一、実際に撮影が行われるスタジオを見学する「スタジオ・ツアー」、アトラクションやレストラン、ショップが並ぶ「エンターテイメント・センター」「スタジオ・センター」によって構成されている。

*3. 国立メディア芸術総合センター
かつて設立が予定された日本の「メディア芸術」における国際的な拠点として文化庁所管で計画されていた国立施設の仮称。メディア芸術とは、映画、マンガ、アニメ、ゲーム、メディアアート等を包含する我が国独自の芸術表現。これらの複製技術や先端技術等を用いた総合的な芸術収集・保存・修復、展示・公開、調査研究・開発、情報収集・提供、教育普及・人材育成、交流・発信等を目的とした総合センターを構想していたが、「アニメの殿堂」「国立漫画喫茶」など批判的通称で取りざたされ、2009年10月16日の閣議決定により予算執行が停止、設立は撤回された。 施設の設立ではなく、ソフト型事業への方向転換を模索している。 日本のメディア芸術を取り上げる事業としては、1997年より毎年開催している「文化庁メディア芸術祭」がある。ここでは、日本のみならず世界の優れたメディア芸術作品の発表と顕彰、世界へ向けた呼びかけを行っている。

*4. 三菱一号館美術館
2010年4月6 日開館予定。1968年(昭和43年)に解体した一号館を、当時の設計図面や保管部材、写真資料などから明治期の姿を忠実に復元した。http://mimt.jp/

次回は 濱野智史さん(日本技芸リサーチャー)です

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