12月12日(土)「特殊な東京」
アンドリュー・マークル(フリーランス・ライター/編集者)×
マーク・ダイサム(クライン ダイサム アーキテクツ(KDa)/建築家)

「海外から見る日本のアートシーン」 アンドリュー・マークル

TAS5

アンドリュー・マークル氏


日本に来る前は、ニューヨークを拠点としながらアジア・オセアニア地域のアートシーンを世界に発信するアートマガジン、Art Asia Pacificの元副編集長として仕事をしてきた。その時に日本のアートシーンについて感じたことは、現代アートに関するインフラが整っているということだった。金沢21世紀美術館などをはじめ、美術館が各県にあり、海外のアーティストもレジデンス・プログラムなどで多く滞在している。ただ、日本にいた友人達は状況に悲観的だった。そして2年前に日本に来て以来、ここで起こっているアートイベントは、まるで砂漠の蜃気楼のごとく遠くに見える幻のように思うようにまでなった。

それは、一つに、東京に住んでいると金沢や水戸などの美術館は、気軽に行くことが難しいこと。次に、日本のアートマーケットは弱く、特に2008年9月のリーマンショック以降さらにそれが顕著になったこと。さらに、美術館に訪れる人やアートイベントに訪れる人たちの中で、現代アートに興味を持っている人が少ないことが挙げられる。さらに、民営化が進むなかで美術館の運営が厳しくなってきていることも要因の一つといえるだろう。例えば、現代アートの展覧会と、一般的に人気の高いまんがやアニメについての展覧会を同時に開催することで、収支のバランスを取ることが考えているように見える。美術館の弱体化の原因には、所蔵コレクションが海外の美術館に比べて少ないことも関係しているようだ。それはつまり、明治以降「美術」を欧米から輸入し、日本の伝統工芸と切り離してしまったために、書画や陶芸など日本独特の文化と現代アートを所蔵し、同じ文脈でまとめて見られるところがほとんどないことを意味している。インフラの整備は進んだが、日本の「アートヒストリー」を適切に体系立てて言語化することがこれからの課題になるだろう。日本ではたくさんの興味深い前衛的活動が行われて来た歴史もあるしアーティストもいたが、それらの活動を歴史的に位置づけた報告がなされていない。また同時に、アート自体に関心を寄せている人も比較的少ない。そのような状況で、アーティストたちが、自分で考えを発信することが大切だろう。その活動が繰り返され、歴史を作っていくことで、アーティストやアート関係者という限られた人だけでなく、幅広く日本の現代アートというものが社会に、そしてアジアに広がっていくはずだ。


「東京製―東京限定の創造性とは」 マーク・ダイサム

レクチャー

マーク・ダイサム氏


東京の特徴とは何か。それは、現代的なものと伝統的なものの共存である。
昔からある東京らしい風景の中に新しいもの、目を引くものが出来上がることがよくある。電線や電信柱が織りなす風景に、突如として新しい建築物が現れたり。英国などの古い建物が多く存在し、都市計画の規制が厳しいところではこのような現象はほとんど見られない。東京は、ロンドンに比べ震災や戦争によって何度か街自体が無くなった。そのような流れが繰り返されていくことで、だいだい20年単位で街が変化していくとされる。変化を体験しながら、それを受け入れられる環境であることが、東京限定の創造性を培ってきているのだろう。1つの例として、ラフォーレ原宿の木のモニュメントが挙げられる。ラフォーレ原宿沿いの道路整備工事のため木が切られたとき、その代わりに私たちがデザインした木のモニュメントを設置した。季節やイベントによってデザインが変わる木のモニュメントは東京の柔軟性を表す要素にもなったといえる。

東京限定のもう1つの創造性として、東京では、宣伝とデザインとインスタレーションの境界線がほとんどないことが挙げられる。KDaは、表参道ヒルズの工事に伴い、工事現場の「仮囲い」デザインをし、仮設壁に芝や植物による壁面緑化や緑をイメージ化したグラフィックを配し、企業の宣伝に使ったりした。それは、夏は見た目に涼しく、見る角度によってはまるで植木でつくられた壁のようにも見える。それは、ただの工事現場というより、都市空間におけるインスタレーションとしても捉えることができるだろう。

次に、KDaが手掛けた、デザインや建築などの事務所との共同オフィス「Deluxe」がある。私たちが独立したての頃の東京は、言葉の壁もあり、情報流通の面で閉鎖的に見えた。そこで、制作のためのインスピレーションを得る環境作りをするために、倉庫を借り、複数の事務所とともに空間と情報を共有することにした。また、「Deluxe」はオフィスのみではなく、展覧会やライブなどのイベントが開催し、多ジャンルの表現者が集う場となった。それは、現在の「SuperDeluxe」に受け継がれている。そこでの活動の一つに、「PechaKucha Night」というものがある。デザイナーやアーティスト、建築家が、最近の自分の作品や活動、気になる建築物や最近見たものなどについて発表するプログラムだ。その名前は、「ぺちゃくちゃ」おしゃべりをするような感じから来ている。「20×20」のルールのもと、20枚×20秒のスライドにより、一人当たり6分40秒の持ち時間が与えられている。このイベントは、口コミで広がり、現在までに世界中の265の都市で開催されている(2009年12月22日現在)。
このように、東京だからこそ、クリエイティブで面白い仕事が実現し、世界へ広がっていったということができるだろう。


ディスカッション

TAS5ディスカッション

右からマーク・ダイサム氏、アンドリュー・マークル氏、AIT ロジャー・マクドナルド、小澤慶介

「批評」に対する二人の意見交換からディスカッションは始まった。ダイサム氏はまず、「建築雑誌の中での批評が少ない」という指摘に対して、マークル氏も「日本のレビューの制度とアメリカの制度は全く違う。日本は、雑誌によってはレビューの内容に関わる人が「事前チェック」を行うことがあるが、アメリカではこのようなことはない。」と応じた。これを受けて、マクドナルドがそのような状況こそがPechaKucha Nightが流行った一因ではとは指摘すると、ダイサム氏は、「もしかするとPechaKucha Nightが盛り上がっているのは、雑誌や公の場では言いにくい『ココだけの話』としてプレゼンターの本音が聞けるからかもしれない、あるいはお互いの活動について気軽に意見交換ができるからかもしれない。」とコメントした。さらに続けて、「若い駆け出しのアーティストにとって発表の機会は限られているが、作品数が少なくギャラリーではまだ発表できないアーティストでも、PechaKucha Nightは、制作過程やスケッチなどを織り交ぜることによって発表できる、半−公共的な性質をもった場。」と付け加えた。しかし、批判をするのも忘れない。マーク氏は、「アーティストは、自分の作品を説明するという点からみると、PechaKucha Nightへの参加は難しいかもしれない。」とダイサム氏は言う。それも、日本では、自分の作品を説明する習慣が海外に比べて少ないからと分析した。これに、アメリカでは自分の作品について論理的に説明ができないと評価されないこともあると、マークル氏も日米間におけるアーティストの違いを明らかにした。

次第に話は、アートシーンへと移っていく。マークル氏は、「日本のアートマーケットは、PechaKucha Nightのように刺激が生まれるコミュニティー作りから、今後成長していくだろう。アートフェアのようにトップダウンのイベントとは違う面白さがある。」とコメントした。ここで、小澤が、このPechaKucha Nightが誕生したSuperDeluxeで行われていることは、音楽、ダンス、アート、グラフィック、インスタレーションなど様々な領域を横断する表現であり、KDaが手掛けた仮囲いの作品との共通点を示唆した。それらは、「境界線がないアート」や「Culture Factory」ともいえるのではないかと議論が盛り上がった。

そこから、アートシーンの展望についての議論へ移り、「東京は、世界のアートシーンをリードできるか?」という質問に対して、マークル氏は、東京はあまりリードできる立場ではないと述べた。中国と比べて新しい動きを捉えるスピードが遅く、そしてマーケットも弱い。そのような状況でも、日本のアーティストたちについて言えることは、海外のギャラリーやアーティスト、インフラなどを比較分析するより、目の前にある世界に対して何を表現したいかを真剣に考えれば良いのではないか、と答えた。一方ダイサム氏は、SuperDeluxe的な視点から言えば、「Yes」であるとし、その一つのモデルとして東京から始まってグローバルに展開したPechaKucha Nightや、世界各地から優れたアーティストが多く参加するSuperDeluxeのイベントについて言及した。また、マークル氏に同調し、若い人たちがもっと自分たちの行っていることや作品に自覚や自信を持つ必要があるとした。
レクチャー

次に、アートシーンを成長させるにはどうすればいいのかという質問に対し、マークル氏は、「アメリカが日本と比べて強いアートマーケットを持つ一つの理由に、アートパトロネージュの免税制度が挙げられる」とし、他にも要因はあるものの、日本のアートマーケットが盛り上がるためには、富裕層の個人が美術館を支援するためのシステムを整備する必要性を唱えた。それにダイサム氏も、東京に、例えばロンドンにおけるテート・モダンやニューヨークにおけるMoMAなど、国家の文化度を表すようなアートセンターがあれば発展につながるのではないかと応じ、創造都市産業に依拠しながら教育や観光を横断した文化の産業化に期待した。さらに、日本は若い人もアートを買うことを習慣化しておらず、海外の若い人との感覚に差があると述べ、欧米のように若い人がアートを学びアートのことを考える環境をサポートする教育やシステムが必要であると話した。

最後に、アーティスト活動の方法論についても言及。リーマンショック以降、日本のアートシーンに対する期待は低いかもしれないが、ダイサム氏は「このような時代だからこそ、アーティストはマーケット志向ではなく、『Nothing』、つまり目に見えない情熱やアイデアから作品を作ることができるのではないか」と、「ウラハラ(裏原宿)」の小さな店舗や工房で試みられている創意工夫に溢れるモノを参照しながら述べた。それに関し、マークル氏も同意し、不景気であるからこそ、常識にとらわれることなく、さまざまな方向にアーティストが発信していくことができると述べた。

原稿作成:小島知世、森田理紗 / 校閲:AIT 小澤慶介
写真:越間有紀子

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